第2回 「時間」について

本連載のテーマは「未来のためのアイデア発想」ですが、これを実現するためには「未来社会はどうなるかを考えること」と「(そうした未来社会での)新アイデア発想」の2段階のステップが必要となります。
第2回から数回にわたっては、その前段である「未来を考えること」を理解するために、「未来」「予測」「変化」といった3つの言葉の本質的意味を理解すると同時に、未来予測の歴史的変遷を辿ってみたいと思います。少し堅苦しい内容となりますが、未来の本質的な意味を理解するためにも少し我慢してお読みください。

時間という概念の歴史的変遷

「未来」という概念は、言うまでもなく時間概念と密接に繋がっています。一般に、未来とは「過去-現在-未来」という3つの時制区分の中において、「現在の先(の全体)を示すもの」として使われています。
現在、私たちは、時間は「一方向に流れていくもの」として理解しています。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(鴨長明『方丈記』)といった言葉はそうした時間観念理解の象徴的表現であるとも言えます。

しかし実は、時間の概念は歴史とともにさまざまに変化してきました。ドイツの哲学者ジャン・ケプサアによれば、時間観念の歴史を辿ると、まだ文明が生まれる以前の社会においては、人類は「永遠の今(eternal now)」という時間の中で生活していました。その後、遊牧生活から農耕をベースとする定住生活への移行に伴い、人々の中には次第に「循環する時間(cyclical time)」という概念が生まれてきました。言うまでもなくそれは、四季の変化や星の運行などを通じて得られた時間認識でした。仏教やヒンドゥー教に見られる輪廻思想もこのような「循環する時間」概念を反映したものです。

時間は直線的に進むものという認識が初めて主流になったのは、ギリシャ・ローマ時代のことです。この時代に初めて、「線形に進む時間(linear time)」を象徴的に占めるシンボルとして矢印が使われるようになっていきました。

「統合的な時間意識」が生まれたのはルネッサンスです。この時代に科学、哲学や人権意識が拡大に進歩することによって人々が文化的に時間を捉えることが可能になりました。すなわち、一つの視点に拘束されるのではなく、文化的に異なる時間感覚をすべて体験することができるようになったのです。

直線的な時間概念に「進歩する時間(progressive time)」というコンセプトが加わったのは、自然科学や社会科学が学問として体系化され、フランス市民革命を契機に啓蒙主義が生まれ、産業革命が本格的に始まった18世紀以降のことです。知性と科学の力により、社会は少しずつ変化し、進歩していくという社会的進歩史観が世の中に芽生え、初めてわれわれは『先の未来を考えようとする力』を身につけるようになっていったのです。

異なる時間の流れ方

「時間の概念」とともに、「時間の流れ」も時間を考える上で重要な要因です。「時間の流れ方」は、直線的、指数関数的、漸近的、周期的という4タイプに分類することができます。そして個別の変化事象はそれらの変化の内容によって、これらのどれかに分類することが可能でしょう。

例えば、気温上昇の変化は直線的に上昇を続けるタイプの事例です。IPCC第5次評価報告書(2014)では、このままの気温上昇が続くと2100年の平均気温は、最悪最大4.8℃上昇すると警告を鳴らしています。

指数関数的なタイプの事例としては、世界人口の増加スピードや「ムーアの法則」を挙げることができます。「ムーアの法則」はインテル共同創業者のゴードン・ムーアが唱えたもので、トランジスタの小型化により、集積回路上の部品の数は2年ごとに倍増すると予想したものですが、実際に半導体の性能は指数関数的に発展を遂げました。

日本は既に人口減少局面に入っておりますが、世界全体でみるとまだまだ人口は増え続けることが予想されます。国連の推計によると、2019年の77億人から2030年には85億人へ。そして2100年には109億人へと増えることが予測されています。人口増加の多くはインド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、エチオピアといったアジア・アフリカ地域諸国によるものです。こうした人口の伸びは、500年〜千年単位の時間軸で見ると極めて指数関数的な伸びであると言えます。

漸近的タイプのケースとしては、オリンピックなどスポーツ記録を挙げることができます。国際陸上連盟が初めて公認した男子陸上100メートルの世界記録は1912年の10秒06。1983年にカルビン・スミスが9秒93をマークし10秒の壁を破り、その後カール・ルイス、ウサイン・ボルトなどが記録更新し、2014年にリチャード・トンプソンが樹立した9秒82が現在の世界記録で、すなわち1世紀で縮んだ時間はわずかコンマ24秒です。

周期する時間の事例は景気循環でしょう。景気循環は経済全体の活動動向である景気について、一定の周期で法則的に好況、不況が循環するというもので、循環には大きく4つの波があると言われています。それらはそれぞれ、40ヶ月(キチン循環)、10年(ジュグラー循環)、20年(クズネッツ循環)、50年(コンドラチェフ循環)と呼ばれ、それらの景気変動をもたらす理由として、在庫投資、企業設備投資更新、建築物建替更新、技術革新・イノベーションが挙げられています。

加速する時間、遅滞する時間

COVID−19の流行は、働き方に関する社会の流れを大きく加速させたと言われていますが、これは“急速に進む”時間の事例と言えます。“遅滞する”時間にも留意が必要です。シカゴ学派の都市社会学者オグバーンは『社会変動論』で、道具や技術などの物質的文化(テクノロジー)に対し、制度や概念といった非物質的文化(制度的文化)が適合していくためには時間的な遅滞が生じると語りました。それを彼は、文化的遅滞(カルチュラル・ラッグ)と名付けています。こうした多様な時間の流れを私たちが未来社会を考える際にも理解しておくことが重要です。

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