私たちの感性を進化させる“脳ミニケーション”

「おはよう」「調子はどう?」

私たち人間は、諸説ありますが、およそ7万年前からずっと、「」でコミュニケーションをとってきました。言葉はとても便利です。言葉のおかげで、人は他の動物たちよりも複雑な情報をやりとりできるようになり、結果として、かつてないほどの繫栄を手にしてきました。

しかし、言葉は決して万能ではありません。客観的な情報のやり取りはともかく、人の心は複雑です。

「伝えたいことをうまく言葉にできない」

「言葉にしてみたら、言いたいこととずれた気がした」

そんなことを、誰しも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

では、こうしたもどかしさを感じることなく、脳内にあるものを「言葉」を介さずに、直接相手に伝えることはできないものでしょうか。

京都大学の神谷教授は、人が心の中で浮かべるイメージを、脳活動のみを手掛かりに画像として再現することに成功しました。教授は、まず人が画像を見ているときにfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で脳活動を測定し、画像と脳活動を対応づけました。そして、その情報を基に、今度は被験者に心の中で特定のイメージを浮かべてもらい、そのときの脳活動から、機械学習を用いて脳内イメージを再構成したのです。

この実験においては、まだまだ限られた種類の画像でのみ成立する結果のようですが、こうした研究が進めば、任意の画像についてイメージを再現したり、それを他の人の脳へ送信することも、夢ではなくなってくるでしょう。(※1

このように脳科学を応用し、新たな実用技術として確立していく動きは「ブレインテック」と呼ばれ、世界でも非常に盛り上がりを見せている分野です。ブレインテック市場の規模は、2024年には全世界で5兆円程度になると予測されており、米国など各国で投資が盛んに行われています。例えば、テスラの創業者イーロン・マスク氏はニューラリンク社を立ち上げ、約30万ドルを投資。「テレパシーの実現」を目的とした100万個の神経細胞とコンピューターの同時接続開発に取り組んでいます。(※2

さらには、2036年には、「人と人との意思疎通のために、自分の脳で考えている内容を目や耳を介さずに他人の脳に伝達する技術」が実現するという予想もあり、今後ますます発展が楽しみな領域なのです。(※3

さて、ブレインテックが発展して、脳内のイメージや考えを直接他の人に伝えられるようになったら、どんな未来が待っているのでしょうか。

脳内の言語化できない情報まで、直接伝えることが出来るということは、コミュニケーションが豊かになる可能性を秘めているのではないでしょうか。

例えば「嬉しい」と感じた時、今までは「嬉しい」と言葉にしたり、笑顔で伝えていたものが、どれくらい嬉しいのか、どんな風に嬉しいのか、といったニュアンスまで伝えられるかもしれません。脳内でひらひら舞う蝶々のイメージ、表情には恥ずかしくて出せないくらいの満面の笑み、愉快なダンスで表現することもできそうですね。

現在も、アートや演技、音楽など、言葉にできないものを伝える手段は多くありますが、技術が必要なため、表現の担い手は「アーティスト」に限られがちです。

もし脳と脳で直接交信できれば、「言外の情報」を様々な脳内の視覚情報で伝達できるようになり、人々の頭の中の世界が想像したままにやり取りできます。そうすれば、専門家にかぎらず皆が自由に言語以外の表現ができるようになり、現在YouTubeやTikTok、Instagramなどで進んでいるような「アートの民主化」が大いに加速する可能性も考えられそうですね

他者の精神世界が手に取るようにわかる世界。それが実現したときには、現在のコミュニケーションがより豊かになると同時に、もしかすると我々の感性も、新たな次元へと進化しているのかもしれません。

 

※1)ATRと京都大学、fMRIで測定した人間の脳活動のみから、その人が見ている画像を機械学習を用いて再構成する提案を発表。心の中でイメージした内容の画像化にも成功

※2)三菱総研「ブレインテックが切り拓く5兆円の世界市場 第1回ブレインテックの現状」

※3)文部科学省科学技術政策研究所 科学技術動向研究センター「第9回デルファイ調査」 

 

 

 

 

 

 

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